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セラピールームすずきBlog

小さなサロンオーナー鈴木ゆみこの日記。心身の調和は人生を豊かにする。

原因不明の症状から回復に至るまで

自律神経

最近のわたしのブログ記事は、
あまり人には話してこなかった過去の自分の体験をチラリと含めてるものが
多くなってきてました。

ブログだけじゃなくて、
実際に施術ルームでお会いしてるお客様との会話もそうですが、
わたしが病に倒れた頃の体験を話さなきゃいけない場面に遭遇する事が多いです。

一昨年から、鬱病や自律神経の研修の場に参加するようになったのも
当時の体験から繋がったままの「何か」によるものもきっとあったと思います。
研修参加を重ねるたびに、当時の体験で言葉にできなかったものが、
次から次へと言語という形に変わって飛び込んできたからです。

そのたびに、過去の自分が癒されてゆき、
現在の自分に過去の自分がパワーを送り込んできてくれていました。
お客様にも、施術ルームにも、実りのある形で還ってきてくれたので、
今になって、やっとわかってきたこと、、、、沢山あります。

そう、わたしが倒れたのは20代の終わりの頃。
少し長くなるかもしれませんが、きょうは書きます。
自分の体験から得たことを必要としてくれる方が、
ひとりでもいらっしゃるなら。

この時期、直前の2年間の記憶はありません。
きっと、わたしのことだから仕事に集中していたのだと思いますが、
「さぁ、ゴハンを食べよう!」と思って食べようとしたら、
噛んでも噛んでも飲み込めない・・・
むしろ、噛む度に吐き気が伴い、気持ち悪くて食べれなかったのです。

少し休めば大丈夫と思い、また仕事に戻りました。(←休んでないやん!)

そして空腹を感じて、また食事をしようとすると、
お腹が空いているのに、食べようとすると吐き気がして食べれないのです。
じゃ、食べるのをやめると、今度はとんでもない空腹に襲われるのです。

一週間後、わたしの体重はそこから5kg落ちていました。

これはほんの始まりに過ぎませんでした。
ここから今度は「歩けなくなる」という症状が。
自分の体なのに、自分の意思で動かすことが出来ないのです。

あっという間に筋力が低下してゆき、さらに体重が落ちました。

そこで無理に動かそうとすると、激しい動悸で全身が凍ってゆきます。
たぶん、刃物で胸を刺されたらこんな感じなのでしょうか、、、
両手の先までしびれるほどの動機でしたので、手を自由に動かせません。

次に動かせなくなったのは声帯でした。
「あ!」っていう声、たったの一言も発することが出来なくなりました。
声帯の筋肉がもぬけの殻になったんじゃないか?というくらい。

このとき、腹筋との連動を感じました。
声帯を動かせなくなったと同時に、腹筋が作動しなかったからです。
つまり、声をあげられない、自分の力で起き上がることが出来ない、
手を使えない、この異常事態を誰かに伝えたいのに、
気付いてもらえるまでその場でじっとしてるしかなかった状態、、、

の、ところを、気付いていただき救出されて、
病院に運ばれて、血圧を測定してもらったら、
上が「50」で、下は測定不可能。
どんどん体温が冷えていくのを感じてましたが、
そのうち、冷えてるのかどうかもわからないくらいになっていました。

お医者様がわたしの付き添いの人に、
「大至急家族を呼んでください」と言っているのが聞こえました。
でもそれ、隣の部屋で話していたことなのに、
わたしには自分の耳元で全部聞こえていたんです。

体の機能がどんどん落ちてゆくとき、
頭の後頭部がカパっと開く感覚がありました。
ふだん聞こえないものが聞こえ、ふだん見えないものが見えていました。
使えない機能のかわりに、別の機能が体にはあるのかもしれません。

その後、わたしが何を見てきたのか、
どうやってその世界からこっちに戻ってきたのかは、
そのうちまたお話しますね。
霊的な視点から見たら、わたしには生き直しが問われていましたので
こうでもならなきゃ人生の軌道修正を出来なかったのだと思います。

とにかく、動けなくなった体を元に戻すために点滴生活が始まりました。

が、こんな状態なのに、わたしには何の病名もなかったのです。
危篤状態の手前まで陥ったにもかかわらず、病名なし!
拒食症でもないし、自律神経失調症でもない、正真正銘の原因不明。

原因不明ですので、、、
「これ飲んで様子見てくださいね」と、
わけのわからない大量の薬を処方されるだけなのです。

水ですら飲み込めなかったのに、薬が喉を通るわけもなく。

これまでの生き方を考え直す以外に治療の道はなかったのですが、
この時、助けていただいた師匠の他に、もうひとり、
神様と呼ばせて頂きたくなるくらいの見えない存在がありました。

「この苦しいの取り去って。お願い。」と彼に伝えたら、
す~っと取り去ってくれた、おじさんのような、一体誰なのかわかりません、
その日から明らかにエネルギーが変わったのは今もはっきりと覚えています。

あれから14年、
今は完治したと言えるレベルまで回復してますし、
今はなんでも食べて、あちこち出かけることも出来るし、
日常を思いっきり楽しんでいますが、
大好きだった飛行機とカレーライスは、
この14年間、今もわたしの日常から消えています。

回復の過程で徹底してきたことは、
体の中の「熱」と「水」のバランスを整えることでした。
これを整えるためには、食べ物が一番大きかった!

無農薬にしようとか、そういうことじゃなく、
今ある食材でじゅうぶんだったのですが、
食べ方を変える必要があったのです。

それから、自律神経のバランスを整えること。
これがすべての基本でした。

そして内臓を動かすお手伝いをしてくれたのは、足もみ。

お茶を飲むのを辞めて、師匠の指導のもと漢方を徹底して研究し、
自分の症状に合わせて自分で調整出来るようになる必要がありました。

人並みに食べれるようになるまで1年かかりましたが、
人並みに働けるようになるまで10年近くかかったかな。

人並みに働けない自分を受け入れる時の悔しさったらないですよね。
24時間、体力がもたないので、
途中、途中に、休憩(睡眠)を少し入れていかないと
また食べることが困難になってしまう症状が出そうになっていたので。

だから、施術の仕事も辞めたほうが良いのではと何度も思いました。

自分の体もまともじゃないのに、人の体を触るなんて?

そのとき、わたしを救ってくれた言葉が、、、

「あなたは、まともです。」だったのです。

「そんな状態を体験したからこそ、出来る施術があるんだよ。
元気な人にはわからない。
ヒーラーはみんな傷ついた体験を持っています。」

「一日ひとりしか施術出来なくてもいいじゃない、
あなたにしかわからないものをどんどん使っていきなさい。」

これが独立のキッカケになったかな。


そして今、思うこと・・

わたしは風邪をひいてしまった時には
熱があっても動けるなら、その間はあまり心配していません。

でも、回復期には気を使います。
回復の時の安静が、すごーーーーーーく大事なんです。

つい、元気になったわってことで、
いつものペースで動きたくなる気分にはなるのですが、
生理もそう、風邪もそう、終わり方が本当に大事なんだということ。

原因不明の症状も、
(一般で言われるパニック障害とか過食症とか様々なものも)
平和な時と地獄の時がありますよね。
平和な時には、周囲も本人を見て、
「もう大丈夫だね」という前提でその人と関わってしまいがちです。
これがけっこう後から辛い結果を招いてしまう。

その大丈夫だねってなってきたタイミングの時こそ、
2段跳び、3段跳びを自粛して、改めて体を休ませて、
もうひと再生する必要がある時なんです。
その後にようやく、その時点での本当の「大丈夫」が顔を出してきます。

このようにタイミングを掴む感覚は、
現在、施術の中でも、わたしの得意中の得意とする部分でもあります。
そのため、決まった施術メニューを作ることが出来ずに今に至り、
セッション料金をひとくくりにしているのも、そういう理由からです。


そして、もうひとつ思うこと・・

原因不明の症状に対して、
「精神的なものが原因」と片付けられてしまいがちなことに対して、

これ、本当に、当人にとってはご迷惑なお話。

気合いが足りないとか、
テンション高いところで吹っ飛ばそうとかね。

落ちているからといって、気合いがないわけじゃないんです。
不安に包まれる時も、不安になりたくてなってるわけじゃない。
気合いを入れたくても体がついていかないことを理解されにくいことが
いちばん傷つくことでした。

だからといって「頑張らなくてもいいんだよ」と言われたいわけでもない。
「頑張らなくてもいい」は、一番言われたくない言葉でした。
頑張りたいのです、こちらは。
みんなと一緒に。

わたしが当時、一番何をしてほしかったか。

こんな自分でも受け入れてもらえて、
ただじっと一緒に居てくれるだけで良かったのです。

余計なことは何もいらなかったのです。

これも「余計なことはしない施術」に繋がってきている体験でした。

今もわたしは生徒さんにはこう伝えています。

「知識や技術を学ぶ時は、
学んでいる最中から捨てていくことが大事だよ。」

もちろん、知識も技術も大事です。
ただ、それをそのまま出すことは実際の現場では少ないです。
施術で関わるお客様が一番望んでいることは、
正しい知識を欲しがっているとは限りません。
知識「だけ」が欲しいなら、施術なんか来ないのです。

知識や情報も欲しいけど、
それを得ることでどうするの?っていう、もう一歩先の部分のところで
ハッキリしたい何かを抱えて施術にいらっしゃいます。

肩こりを治したいとか、小顔になりたいとか、
たくさんのご要望も頂きますが、
それが本当のご要望ではありません。

大切なのは、
肩こりを治して、どうしたいの?
小顔になって、どうしたいの?
って部分。

そこにフォーカスして関わっていくと、
本当にその方の体が必要としていることが何なのかが見えてきます。

矛盾していますが、
潜在的なところでは治りたくないのに施術にお越し頂く方もいます。
それはそれでいいんです。
それがその瞬間のその方の生きる武器になっているのなら、
そのことに対して、100%のイエスで関わってゆきます。
正しいか間違ってるかじゃないんです。

きょうは、つい自分の体験を書き綴ってしまいましたが、
いずれ、しっかりとまとめていきたいと思っています。
今わたしが掴みかけていることがもうひとつあり、
キラッキラに輝いた形でそれを体に受け取っているのですけど、
言語化出来ずに放置中だったんです。

これを言語化するためにも、
わたしのこれまでの体験をまとめておく必要があるようです。

そのためか、そういうキッカケになる出会いを
このところ多く頂いています。本当に感謝しています・・・!

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