セラピールームすずきBlog

小さなサロンオーナー鈴木ゆみこの日記。心身の調和は人生を豊かにする。

ほんの一言でも。声かけだけでも。

先日、仕事で必要な調べ物があり、豊橋まで出かけました。

 

事件は起きたのは、帰りの電車の中でした。

すっかりと遅くなってしまって、

蒲郡に到着したのは、夜の10時頃でした。

 

その時間帯の、豊橋→蒲郡間は、

乗客の数もあまり多くなく・・

 

静かな夜でした。

 

わたしは、ボックス席みたいな、

向かい合わせになってる4人掛けの座席にひとり座り、発車を待っていました。

 

まもなくして、

通路を挟んで、隣の4人掛けの座席に、

わたしと同世代くらいの女性が乗ってきました。

 

他に数名のお客様がいらっしゃったくらいで。

 

電車は静かに発車しました。

 

暗い窓の外を眺めながら、

電車の揺れをゴトゴトと味わっていました。

 

JRと、名鉄って、揺れ方が全然違うなぁ。って。

線路の作りも違うのでしょうかね。

 

名鉄に乗ってる時は、わたしは眠くなることないし、

電車の揺れも体に負担のかからない方向だなって感じてます。

 

JRは、なんてゆーんでしょ、

特別に揺れが大きいとは思いませんが、

揺れの方向が、神経に触る(負担のかかる)揺れ方だと感じます。

 

名鉄もJRもよく使うので、

その違いを体で比較しながら、、、

 

こんな違い、いちいち感じてる人って他にいらっしゃるのかな。

 

電車に限ったことではないです。

些細な違いを自然に気付いてしまうのは、

いつものことだったりします。

 

なんてことを思いながら・・・

 

もうすぐ蒲郡に。

 

到着寸前に、電車の中で事件は発生しました。

 

さきほどの、通路を挟んで隣の4人掛けの座席にひとりで座ってた女性が、

突然、嘔吐し始めたんです。

 

あまりの量の多さに、びっくりでした。

 

誰も気付いていません。

気付いたのは、わたしひとり。

 

その女性のお洋服も汚れてしまったので、

ティッシュでもいい、ハンカチでもいい、

持ってるものは全部差し出してあげようと思って、

バッグの中身を確認したんですが、

わたしのバッグには、何も入っていませんでした(T_T)

 

出かける時、仕事終わってからだったから、

大急ぎで出てきたんですよね。

バッグの中に入っていたのは、財布と携帯と手帳と折りたたみ傘だけ。

 

登山と違って、街の中では、

ハンカチとティッシュを持っていなくても困ることはないし。。

 

まもなくして、2度目の嘔吐。

今度は血のようなものを大量に。。。

 

時間も遅かったので、

お酒に酔っていただけなのかもしれない(と思いたかった。)ですが、

もしかしたら本当に具合が悪かったのかもしれない。

 

車内放送は、

「まもなく蒲郡、蒲郡」

 

どうしよう・・・???

 

そして、3度目の嘔吐が。

 

電車は、蒲郡に着いてしまいました。

 

もし、具合悪かったのだとしたら。

放置したかったわけじゃないですが、

どうしたらいいのかわからぬまま、

わたしは電車を降りてしまいました。

 

蒲郡から乗る方々もいらっしゃったので、

どうか、その女性に誰かが気付いてくださいますようにと祈りながら、

振り返ってみたんですが、

誰もその4人掛けの座席方向には進まなくて、

2人掛けの座席のほうに流れてしまい。。。気付いて頂けませんでした。

 

そのまま、電車は発車してしまいました。

 

この事件、わたしの中で、

とっても後味の悪いものになってしまいました。

 

何もしないで降りてしまった。

それで良かったのかどうか、自問自答しながら帰宅しました。

 

誰も気付いていなくて、

わたしだけが気付いていた。

 

ティッシュもハンカチも、

何も持ってなかったなら、せめて声をかけるとか、

背中をさすってあげて、少しでも嘔吐しやすい姿勢を手伝ってあげるとか、

蒲郡に到着までのほんの数秒の中でも、

何か出来ることは有ったんじゃないのか?って。

 

それに、電車に乗る前、

いつもの駅の風景を見ていた時、

今回のような光景が、一瞬、脳裏に映し出されたんです。

 

自分が見ている風景と同時に、

まったく関係のない光景が映し出されることは度々あるので、

今回もそれと同じような感覚だと思って、スルーしていたんです。

 

だから余計に、なんだか後味が悪くて、

帰宅してからも、女性の姿が頭から離れていかなくて、

自分の行動にやはり悔いが残り、苦しくなってしまいました。

 

友人に電話しました。

遅い時間に申し訳ないと謝りながら、

今回、わたしの行動がこれで良かったのかどうか、

考えていたら苦しくなってしまった、と打ち明けました。

 

友人は、黙ってわたしの話を聞いてくれました。

 

友人は、もし自分も同じことに遭遇して、

同じ行動だった場合、やはりわたしと同じ気持ちになったと思う、と。

次に同じような場面に遭遇するまでは、

モヤモヤが癒されないままかもしれない、と言ってくれました。

 

だから、

もし今度、同じことに遭遇したら、

数秒しか時間がなくても、声かけしてみよう、

ハンカチやティッシュは外出中は持って出よう、など、

行動で、次に繋げていくしかないよねって。

 

だんだんとわたしの気持ちも落ち着いてきました。

 

嘔吐は、我慢出来るものではありません。

オシッコを我慢するのと違って、どうしようもない、

コントロールのきかない苦しみだと思います。

 

友人と話しているうちに、

わたしの中で、もうひとつのことが浮かんできました。

今回のこととは全く関係ないのですが、

自分でもコントロールできない苦しみを抱えているある方のことが

浮かんできました。

 

わたしは、その方のことを全然理解出来ないので、

出来るだけ距離を置きながら関わるしか出来ないのですが、

 

そういう距離でもいいから、

優しい一言、声かけ、

ちょっとしたことですが、添えていこうと、

気持ちが落ち着いてきました。

 

自分の出来ることなんて知れてるし、

何がどうなったって、ちょっとしたことしか出来ないんですよ。

だからこそ、一言添えることの大きさをとても実感したのでした。

 

仕事に必要な調べ物で出かけたので、

当然、帰宅後もやることいっぱいだったのですが。

もうその日は、そのまま中断。

 

「行動で繋げていく。」

 

友人の言葉の重みがずっしりと。

ありがとうございます。

 

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